夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。
夏目漱石之漢詩鑑賞 第四十三作
函山雜咏 八首
明治二十三年九月 (八)
恰 似 泛 波 軟
恰も似たり波に泛かぶ軟に
乘 閑 到 處 留
閑に乗じて到る処に留まる
溪 聲 晴 夜 雨
渓声 晴夜の雨
山 色 暮 天 秋
山色 暮天の秋
家 濕 菌 生 壁
家湿りて 菌壁に生じ
湖 明 月 滿 舟
湖明らかにして月舟に満つ
歸 期 何 足 意
帰期 何ぞ意うに足らん
去 路 白 雲 悠
去路 白雲悠たり
〔語釈〕※乗閑ー暇にまかせる ※頷聯は蘇軾の「贈東林總長老」に「溪聲便是廣長舌・山色豈非清淨身」からの引用であろう。因みに「豈非」は反語の否定で強い肯定。 ※菌ーかび。 ※去路ー帰路。
◇五言律詩 下平声十一尤の韻(軟・留・秋・舟・悠)
〔通釈〕私はまるで波間の鴎のようで、暇にまかせて何処にでも留まっている。谷川の音は晴れた夜も雨のようだし、山の景色は夕焼けのような秋色。宿屋ときたら湿っていて壁には黴が生えている、しかし窓から見る湖は月光が舟を照らして浮き上がらせている。帰る事など思いもよらぬこと、帰路?そんなのは白雲がゆったり浮かんでいるヨ。(全く帰る気がないようだ。)
〔補説〕尾聯は杜甫の「何将軍游山林」の十首目「幽意忽不愜・歸期無奈何・出門流水住・囘首白雲多」の用例ありと、彼の吉川幸次郎先生が「漱石詩註」に記されています。
つづく
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