漢詩鑑賞 夏目漱石之漢詩 第二十九作

漱石漢詩

夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。

夏目漱石之漢詩鑑賞 第二十九作

   木屑録詩  十四首中  其之十二

 

 客 中 憶 家
  客中 家を憶う

北地天高露若霜 
 北地は天高くして露 霜の若く

客心蟲語兩淒涼 
 客心 虫語 (ふたつ)ながら淒涼

寒砧和月秋千里 
 (かん)(ちん) 月に和して 秋千里

玉笛散風涙萬行 
 玉笛 風に散じて 涙万行

他國亂山愁外碧 
 他国の乱山 愁外の碧

故園落葉夢中 
 故園の落葉 夢中の黄

何當後苑閑吟句 
 (いつ)(まさ)に後苑 閑かに句を吟じ

幾處尋花徙繍牀 
 幾処(いくところ)か花を尋ねて繍牀を(うつ)すべし

【語釈】※客中ー旅の途中。本来は他国に長く滞在すること。 ※客心ー旅人の心。 ※両ー両方とも。ふたつながら と読む。 ※寒砧ーさびしげな砧をうつ音。沈佺期の「古意詩」に「九月寒砧催木葉」とある。 ※繍牀ー美しいベット 
◇七言律詩 下平声七陽の韻(霜・涼・行・黄・牀)

【通釈】北の地は、天は高く澄みまた寒く露も霜かと思える程である。旅人の心も虫の声も両方ともさびしい。砧のうつ音はさびしげに月と調和するかのように遠くまで響き、笛の声も風にきえていく、この寂しさは幾筋もの涙を誘う。他国の山々は愁いもなくあおく、故郷の落葉は夢の中に黄葉(もみじ)する。何時の日にか東京に帰り後苑でのんびりと句を作りまた幾ばくかの花の下で眠りたい。

【補説】この詩を正岡子規は「眞個唐調我輩瞠若于後」(真個の唐調、我が輩後ろに瞠若たり)と絶賛している。頷聯は李白の子夜呉歌や春夜洛城聞笛を意識しているとも思われる。 筆者思うにこの詩は木屑録詩のまとめとしての漱石の心象詩では無かろうかと思う。

つづく

コメント

  1. 松村 fuko より:

    有り難うございます。今後とも宜しくお願い申しあげます。

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