漢詩鑑賞 夏目漱石之漢詩 第十八作

漱石漢詩

夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。

夏目漱石之漢詩鑑賞 第十八作

木屑録は明治二十二年の八月に学友数名と房総方面に旅をして、東京に帰り十日くらいで書き上げた漢文の紀行随筆であり正岡子規に批評を願い、子規もまた漢文で評を書いた。子規は絶讃し後に吉川幸次郎は明治時代の最も優れた漢文であろうと評されています。漢詩は其の時に付されたものです。

                                       

    木屑録詩並序    十四首中  其之一

 興津之景清秀穩雅有君子之風保田之勝險奇巉峭酷似奸雄君子無奇特驚人者故婦女可狎而近奸雄變幻不測非卓然不群者不能喜其怪奇峭曲之態也嘗試作ニ絶較之曰

 興津の景は清秀 穩雅にして君子の風有り。保田の勝は険奇巉峭にして奸雄に酷似す。君子は奇特に人を驚かす者無し。故に婦女狎れて近ずく可し。奸雄は変幻不測にして卓然たるに非ず。群がらざる者は其の怪奇峭曲の態を喜ぶこと能わざるなり。嘗みにニ絶を試作し之を較べて曰く。

風 穩 波 平 七 月 天  
  (かぜ)(おだ)やかにして(なみ)(たいら)かなる七月(しちがつ)(てん)

韶 光 入 夏 自 悠 然  
  韶光(しょうこう) (なつ)()りて(おのずか)(ゆう)(ぜん)たり

出 雲 帆 影 白 千 點  
  (くも)()ずる帆影(はんえい) (はく)千点(せんてん)

總 在 水 天 髣 髴 邊  
  (すべ)水天(すいてん)髣髴(ほうふつ)(へん)()

【語釈】※韶光ー美しい光。※帆影ー舟の影。※水天髣髴ー水平線の天と水の境目のはっきりしないところ。頼山陽の「泊天草洋」に「水天髣髴青一髪」の句がある。
◇ 七言絶句 下平声一先の韻(天・然・邊)

【通釈】 風は穏やかで波も立たない七月の空の下、光は美しく夏にならんとする時は自然とゆったりした気分になる。湧きあがる白雲か白い帆の舟が水平線の辺りに幾艘も見えるのである。

【補説】 漱石は明治二十二年八月七日から房総・上総・下総を旅行いたします。そしてその紀行文『木屑録』を同年九月九日脱稿する。此の詩以下十四首は、この中に入れられたものである。
『木屑録』は序文と其の一と次回掲載の其の二の詩が記されている。
※保田ー現在は鋸南町 千葉県南部安房の町。一九五九年勝山・保田ニ町合体。南房総国定公園にふくまれる。(世界大百科事典)

つづく

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