漢詩鑑賞 夏目漱石之漢詩 第二十五作

漱石漢詩

夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。

夏目漱石之漢詩鑑賞 第二十五作

  木屑録詩並序    十四首中  其之八

余既看保田隧道樂其觀瑰怪也
()(すで)保田(ほだ)(ずい)(どう)()()(かん)()(かい)なるを楽しむ

君 不 見 鋸 山 全 身 石 稜 稜  
君見ずや 鋸山全身 石稜稜(りょうりょう)

古 松 爲 髪 髪 鬅 鬠  
  古松髪を為し 髪鬅鬠(ほうそう)

横 斷 房 總 三 十 里  
  横断す 房総三十里

海 涛 洗 麓 聲 渤 漰  
  海涛(かいとう)(ろく)を洗って 声渤漰(ぼつほう)

別 有 人 造 壓 天 造 
   別に人造(じんぞう)天造(てんぞう)を圧する有り

劈 巖 鑿 石 作 隧 道  
  (いわお)()き石を(うが)って(ずい)(どう)を作る

窟 老 苔 厚 龍 氣 腥  
  (くつ)()い苔厚くして(りょう)()(なまぐさ)

蒼 崖 水 滴 多 行 潦  
  (そう)(がい)(した)たって(こう)潦多(ろうおお)

洞 中 遥 望 洞 外 山  
  洞中(はるか)(のぞ)む 洞外(どうがい)の山

洞 外 又 見 洞 中 灣  
  洞外又見る 洞中の湾

出 洞 入 洞 幾 曲 折  
  洞を出でて 洞に入りて 幾曲折

洞 洞 相 望 似 連 環  
  洞洞(あい)(のぞ)んで連環(れんかん)()たり

連 環 斷 處 岸 嶄 窄  
  連環断つ処 岸嶄窄(ざんさく)

還 喜 奇 勝 天 涯 落  
  ()た喜ぶ 奇勝天涯より落つるを

頭 上 之 石 脚 底 涛  
  頭上の石 脚底の(なみ)

石 壓 頭 兮 涛 濯 脚  
  石は頭を圧し 涛は脚を(あら)

【語釈】※鋸山ー千葉県南部、上総(かずさ)安房(あわ)の分水界をなす清澄山塊の西端部の山。※稜稜ー角ばっているさま。※鬅鬠ー髪のみだれたさま ※三十里ーここでは日本尺の三十里では無かろうか一二〇㌔ 唐尺ですと十八㌔ ※渤漰ー水のあいうつさま。漰渤。※龍氣腥ー龍のいるような気配がして生臭い。※行潦ー水たまり。※連環ー連なって解けない輪。鎖。※嶄窄ー険しくきりたって狭いさま。
◇ 七言古詩 

【通釈】さあ見たまえ、この鋸山をすべてがごつごつとした、岩山の様子を。古松はまるで髪を乱したように生えている。房総半島を横断する事三十里、太平洋の荒波がうち寄せ音を立てて崖の裾を洗っている。こうした景色とは別に人工の力を見せつけるトンネルの景観は苔がむし龍が棲んでいようかとも思われる生臭い気配がしている。青々した断崖からは水が滴り水たまりがそこここにある。この洞窟の中から山々をながめ、また外から洞窟を通して海湾をながめ、トンネルを出ればまた入るまるで鎖のようではないか、その鎖が切れたところは断崖絶壁、岩は頭上に圧し怒濤は脚をあらっている。

【補説】※正岡子規は、この詩の批評として「洞中灣似欠妥(洞中湾は妥当性に欠けていると評している)」また「吾兄之詩輕々説去似所謂落語是美詩者矣(吾兄の詩、軽々に説き去り、いわゆる、落語これ美詩なる者ににたり)」と ※落語ー話の結末正岡子規も評するように、青年漱石の才能が次から次ぎと句を喚び起こして却って軽く成ったのでは無かろうか。

 詩が吹き出してくるんです。それは実に心地良いものです。その危険性は漢詩の持つ重量感に欠けること。君子不重則不威(くんし重からざれば威あらず)學而の八。そうかもしれませんね。

つづく

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