夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。
夏目漱石之漢詩鑑賞 第三十六作
函山雜咏 八首
明治二十三年九月 (一)
昨 夜 着 征 衣
昨夜 征衣を着け
今 朝 入 翠 微
今朝 翠微に入る
雲 深 山 欲 滅
雲深くして 山滅せんと欲す
天 濶 鳥 頻 飛
天濶くして 鳥 頻に飛ぶ
驛 馬 鈴 聲 遠
駅馬の鈴声遠く
行 人 笑 語 稀
行人の笑語稀なり
蕭 蕭 三 十 里
蕭蕭 三十里
孤 客 已 思 歸
孤客 已に帰を思う
〔語釈〕※征衣ー旅ごろも ※翠微ー山の八合目あたり。此処では箱根山 ※駅馬ー宿場から宿場に行く馬。旅人が利用する馬※行人ーたびびと。ここでは宿場あたりの旅人達。※笑語稀ー笑い語らうことが少ない。※蕭蕭ーもの淋しいさま。※三十里ー実数ではなく、遠いということ。※孤客ー孤独なたびびと。作者自身
◇五言律詩 上平五微の韻(衣・微・飛・稀・歸)起句押韻
〔通釈〕昨夜旅の衣を着けて出立。今朝箱根山に入る。山は厚い雲に覆われ山の姿が消えてしまったようだ。そして大空には鳥が頻りに飛んでいる。宿場に向かう馬の鈴が遠くに、旅人達は笑わない。淋しいナ~こんなに遠くにきてしまった、俺はもう帰りたくなった。
〔補説〕孤客已に帰を思う。ここでは帰りたいと言っているが本当だろうか、へそ曲がり漱石のユーモアーで有ろう。
「函山雑咏」六首は、明治二十三年八月から九月にかけての二十日間、箱根芦ノ湖、箱根関所跡等に遊び、その時の作である。
つづく
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