不孤のお休み前の論語 129

不孤の論語

論語 李氏第十六~10又は11

 お休み前の論語^^129

孔子曰、見善如不及、見不善如探湯、吾見其人矣、吾聞其語矣、隱居以求其志、行義以達其道、吾聞其語矣、未見其人也、(李氏第十六~10又は11)

孔子の曰わく、善を見ては及ばざるが如くし、不善を見ては湯を探るが如くす。吾れ其の人を見る、吾れ其の語を聞く。隠居して以て其の志しを求め、義を行ないて以て其の道に達す。吾れ其の語を聞く、未だ其の人を見ず。(李氏第十六~10又は11)

孔子が申されるに、善をみれば、及ばざるがごとくし、とは、勤めて学び追いつこうとする人。不善を見れば熱湯に手を入れたときのように手をきっこめる。と言うことは不善には背を向ける。そういう人物を見たこともあり、聞いた事もある。
 下積みの隠遁者としての貧しい生活をしながら、自己の姿勢をかえず、正義を貫徹する。それは消極的な隠遁では無く、積極的な隠遁、易の天山遯。目立たぬ生活をする人。しかし、未だ其の人を見ず。と言って居られる。現実は厳しく、不善は横行していると言われているのか、いやそうではない、未来にそう言う人の出ることを求められている、詠嘆の叫びでしょうか。

今まで何度も素読しましたが、こういう事に気づいたことは誠に嬉しいしだいである。

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