夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。
夏目漱石之漢詩鑑賞 第三十一作
木屑録詩 十四首中 其之十四
自嘲書木屑録後
自嘲 木屑録の後に書す
白眼甘期與世疎
白眼甘んじて期す 世と疎なるを
狂愚亦懶買嘉譽
狂愚 亦嘉誉を買うに懶し
爲譏時輩背時勢
時輩を譏らんが為に時勢に背き
欲罵古人對古書
古人を罵らんと欲して古書に対す
才似老駘駑且騃
才は老駘に似て駑にして且つ騃(がい)
識如秋蛻薄兼虛
識は秋蛻の如く薄にして虚を兼ぬ
唯贏一片烟霞癖
唯だ一片烟霞の癖に贏(あまね)し
品水評山臥草廬
水を品し山を評して草廬(そうろ)に臥す
【語釈】※白眼ー冷淡な目つき。※狂愚ー道理をわきまえない愚か者。※嘉譽ー評判が良い。※時輩ー当時の人。※老駘ー年老いた駄馬。※駑ーのろくて劣っていること。※騃ー愚かなこと。※秋蛻ー秋の蝉の抜け殻。※烟霞ー此処では自然の趣き。※草蘆ー草葺きの家。自分の住み家の謙譲語。
【通釈】人を白眼視して、世間と疎遠になろうとした。また世俗的な評判を得る気も無いので、道理をわきまえない愚かなこともしてきた。当時の人々をそしろうとして時流に背いたり、古人を罵ろうとして古書を読んだりした。 そんな私の才能は、年老いた駄馬のように劣った愚かなものであり、知識も蝉の抜け殻のように薄っぺらで、中味が空っぽである。ただ自然を愛する旅行癖だけはわずかに残されていて、山水を品評し草葺きの庵に住んでいる。
【補説】『木屑録』は、「明治廿二年九月九日脱稿木屑録漱石頑夫」と自ら扉に書いた手稿が残されている。この詩においても、漱石の「頑夫」たる一面が十分表現されている。「守拙持頑」の人生哲学は、松山・熊本時代の漢詩にも散見できます。
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