漢詩鑑賞 夏目漱石之漢詩 第二十作

漱石漢詩

夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。

夏目漱石之漢詩鑑賞 第二十作

 木屑録詩並序    十四首中  其之三

余長於大都紅塵中無一丘一水足以壯觀者毎見古人所描山水幅丹碧攅簇翠赭交錯不堪神往及遊于東海房總得窮山雲吐呑之状盡風水離合之變而後意始降矣

(われ)大都(だいと)(こう)(じん)(うち)(ちょう)じ、(いっ)丘一(きゅういっ)(すい)(もっ)壮観(そうかん)()(もの)()し。(つね)古人(こじん)(えが)(ところ)山水幅(さんすいふく) 丹碧攅(たんべきさん)(そう)翠赭(すいしゃ)交錯(こうさく)するを()神往(しんおう)()へん 東海(とうかい)房総(ぼうそう)(あそ)ぶに(およ)山雲吐呑(さんうんとどん)(じょう)(きわ)(ふう)(すい)離合(りごう)(へん)()くすを()て、(しこう)して(のち)()(はじ)めて(くだ)る。

二 十 餘 年 住 帝 京
二十余年(にじゅうよねん) 帝京(ていきょう)()

倪 黄 遺 墨 暗 傷 情  
  (げい)(こう)遺墨(いぼく) (あん)(じょう)(いた)ましむ

如 今 閑 却 壁 間 畫  
  (じょ)(こん) 閑却(かんきゃく)壁間(へきかん)()

百 里 丹 青 入 眼 明  
  百里(ひゃくり)丹青(たんせい) ()()りて (あき)らかなり

【語釈】※帝京ーみやこ。ここでは東京。※倪黄ー倪と黄公望。元末の四大家といわれた南画家の二人。※如今ー今。※閑却ーすてておく。なおざりにする。※丹青ー彩色画。
◇ 七言絶句 下平声八庚の韻(京・情・明)

【通釈】二十年あまりの東京暮らし、ただ倪黄のような古人の山水画にあこがれていた。殺風景な日常生活に知らぬ間にこころを傷めたいた。今この壁間の名画も忘れるほどの色彩豊かな大風景を目の前にしている。

【補説】此の詩は序文がなければ難解な詩でありますが、序の名文が此の詩を助けた。

つづく

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