漢詩鑑賞 夏目漱石之漢詩 第一作

漱石漢詩

夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。 

漢詩鑑賞について

 漢詩鑑賞と題して、文豪夏目漱石の漢詩を漢詩作者の眼で読みたいとおもいます。されど一介の詩人である筆者には資料とて乏しく十分な事は出来ませんが、一作一作誠実に読もうと思います。

 ご存知の通り漢詩には押韻とか平仄とか約束事が多く、また漢字には一点一画の多い少ないで文字も変わり平仄も変わり意味も変わる場合がある。まことに失礼だが漢詩を作られない学者の方には、一字一字の平仄までご存じの方が少ないようで筆者が参考にさせていただいた二三の書物にも時にはミスプリントと思われる部分がある。平仄は漢和辞典をひけば簡単に判るがそれでは気の遠くなるような時間がかかる。筆者は長年作詩に取り組みしかも同人詩集の編集もさせて戴いたので、かなりの量の平仄は覚えているので気が付けば指摘することもできる。だが、それはあくまでも作詩研究のためで先人のあげ足を取ろうと言うのでは無い。此の稿は我々の内部資料として勉強材料とするのである。
  
 今日遺されている漱石の漢詩は二百七首で詩の形態は古体詩から近体詩まで作っている。
 漱石は少年期に漢学塾の名門二松学舎(今日の二松学舎大学)に学んだらしい、そして漢学漢詩文で身を立てようと思っていたが、明治維新の時代に英語でなければ高等教育も受けられない時勢で英文を学ぶようになり漢詩や水墨画は趣味とした。しかしこの漢詩については漱石の生涯を通してその生の心情をうかがう事の出来る真の漱石文学とも言えるのではないか。

夏目漱石の漢詩 第一作

 鴻 臺 (一)
 (こう) (だい) (一)

鴻臺冒曉訪禪扉
(こう)(だい) (あかつき)(おか)して(ぜん)()()

弧磬沈沈斷續微
弧磬(こけい)沈沈(ちんちん) 断続(だんぞく)して(かす)かなり

一叩一推人不答
一叩一推(いっこういっすい) (ひと)(こた)えず

驚鴉撩亂掠門飛
(きょう)()(りょう)(らん) (もん)(かす)めて()

【語釈】 〇鴻台―千葉県国府台の雅名。そこに曹洞宗総寧寺がある。 〇禅扉―寺の門扉 〇磬―石や玉で作った「へ」字形の打楽器、ここでは仏具、勤行の時にチンと鳴らすもの。 〇沈沈―静かなさま、ここでは磬の音も兼ねている。〇鴉―烏 〇撩乱―入り乱れること。◇七言絶句五微の韻(扉・微・飛)

【通釈】 夜明けをついて、鴻台の禅寺をたずねる。寺では勤行中なのか朝の静寂の中にチーンと磬の音がとぎれながらも聞こえてくる。扉を推しまた叩いたが人は答えてくれない。ただ烏が驚いて入り乱れ門をかすめて飛んだ。

【補説】 明治十四年、二松学舎で漢文を学び漢詩を作った第一作である。漱石は慶応三年の生まれであるから、この詩は十五・六歳の作品であると推定される。
 この詩は中唐の詩人賈島(七一八ー七七二)の推敲の故事となる詩を踏まえての習作であるが、この作に漂う一種の雰囲気、それはある人を尋ねるが答がない、いや尋ねた人の有ることに気付かない、訪問者の不安、このような情景をかもしだすところはさすが文豪の少年時代の秀作。

(参考) 題李疑幽居 賈島

参考のため賈島の詩を掲載する。

 題李疑幽居  賈島  
 李疑(りぎ)(ゆう)(きょ)(だい)す  ()(とう)

閑居少鄰竝
 閑居(かんきょ) (りん)(ぺい) (まれ)なり

草徑入荒園
草径(そうけい) (こう)(えん)()

鳥宿地中樹
(とり)宿(やど)る 地中(ちちゅう)(じゅ)

僧敲月下門
(そう)(たた)く 月下(げっか)(もん)

過橋分野色
(はし)()ぎて()(しょく)()かち

移石動雲根
(いし)(うつ)して(うん)(こん)(うご)かす

暫去還來此
(しば)らく()りて()(ここ)に来たる

幽期不負言
幽期(ゆうき) (げん)(そむ)かず

【語釈】 〇李疑―いかなる人物か未詳。〇幽居―静かなわび住まい。〇少鄰竝―隣あう家がない。〇移石―石移して雲となる。昔、山の石が雲になると考えられた。〇幽期―ひそかで深い約束。

つづく。

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