夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。
夏目漱石の漢詩 第四作
送奥田詞兄歸國
奥田詞兄の国に帰るを送る
汽笛聲長十里烟
汽笛 声長く 十里の烟
烟殘人逝暗淒然
烟は残り人は逝きて 暗に淒然
一朝締好雖新識
一朝好を締んで新識なりと雖も
廿日罄歡是宿縁
廿日の罄歓 是れ宿縁たり
小別無端温緑酒
小別 端無くも緑酒を温め
蕪詩何事上紅箋
蕪詩 何事か紅箋に上らさん
又憐今夜刀川客
又憐れむ 今夜刀川の客
梵冷蓬窓聽雨眠
梵く冷かなる蓬窓 雨を聴きて眠られよ
【語釈】〇暗ー人知れず。知らぬ間に。〇淒然ーもの寂しいさま。〇新識ー新しい知り合い。〇罄歓ー空しい喜び。〇宿縁ー前世からの縁。〇蕪詩ーととのわない下手な詩。〇刀川ー利根川。〇梵ー清いこと。〇蓬窓ー船の窓。 ◇七言律詩一先韻(烟・然・縁・箋・眠)
【通釈】蒸気船の汽笛が長く響き煙を残しながら川を上って行く。見送りの人も帰ってしまい、人知れずもの寂しい。 奥田必堂さん貴方とはひょんなことからよしみを結び二十日余りの交わりでは有るが喜びを得ることができた。これも何かの縁でしょう。しばしの別れの酒と下手な詩でも贈りましょう。そして今夜君は船上の人となり利根川を上って行く。船窓の清く冷やかな雨音を聞いて眠って下さい。
【補説】奥田必堂の故郷は茨城県下館町。家は代々医院を営む。必堂も医科に進むため神田の共立学舎でドイツ語を学んでいたものと思われる。(二松学舎大学佐古純一郎著漱石詩集全訳より抜粋)。
この詩を読むと、詩の内容とは別に、庶民ならまだまだ徒歩で旅をしたであろう所を蒸気船に乗り悠々としたハイカラさんの姿がみえてくる。
つづく
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