夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。
夏目漱石之漢詩鑑賞 第三十九作
函山雜咏 八首
明治二十三年九月 (四)
飄 然 辭 故 國
飄然 故国を辞し
來 宿 葦 湖 湄
来り宿す 葦湖の湄(ほとり)
排 悶 何 須 酒
悶を排すに何ぞ酒を須(もち)いんや
遣 閑 只 有 詩
閑を遣(や)るに只だ詩有るのみ
古 關 秋 至 早
古關 秋至ること早く
廢 道 馬 行 遲
廃道 馬行くこと遅し
一 夜 征 人 夢
一夜 征人の夢
無 端 落 柳 枝
端無くも 柳枝に落つ
〔語釈〕※飄然ーぶらりと ※故國ー故郷 此の詩では東京 ※葦湖ー芦ノ湖 ※古関ー関所のあと。ここでは箱根の関所 ※廢道ー人や馬が通らなくなった道。ここでは旧道。 ※征人ー旅人 ※無端ーゆくりなく。思いもよらず。 ※柳枝ー昔の中国では旅人を送る際、柳の枝を手折り環にして、必ず還ってくれとの願いをこめて送った。後 柳は美人(花柳界)の方にも使われた。
◇五言律詩 上平声四支の韻(湄・詩・遲・枝)
〔通釈〕ぶらりと故郷を後に芦ノ湖の湖畔の宿で泊まった。憂さ晴らしに、どうして酒をもちいようか、いや要らない。暇をつぶすには漢詩をつくれれば良い。関所跡には早秋の気配、旧道は道も荒れて馬行も遅くなる。一夜の旅人(漱石)の夢は見送ってくれた人達なのだ。
〔補説〕甘党の漱石には酒は要らない、詩があればそれで良し。これは素直な漱石の気持ち。筆者の如きはどうも結句が気になる。漱石先生此の夜は芸者をあげなすったか。とすると三句あたりはつじつまが合わないが、気楽な詩である。
つづく
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