夏目漱石の漢詩を鑑賞して参ります。
夏目漱石之漢詩鑑賞 第三十作
木屑録詩 十四首中 其之十三
別 後 憶 京 中 諸 友
別後 京中の諸友を憶う
魂 飛 千 里 墨 江 湄
魂は飛ぶ 千里 墨江の湄
湄 上 畫 樓 楊 柳 枝
湄上の画楼 楊柳の枝
酒 帶 離 愁 醒 更 早
酒は離愁を帯びて醒むること更に早く
詩 含 別 恨 唱 殊 遲
詩は別恨を含んで唱うること殊に遅し
銀 釭 照 夢 見 蛾 聚
銀釭 夢を照らして蛾の聚るを見る
素 月 匿 秋 知 雨 隨
素月 秋を匿して雨の随うを知る
料 得 洛 陽 才 子 伴
料り得たり 洛陽才子の伴
錦 箋 應 寫 斷 腸 詞
錦箋 応に写すべし断腸の詞
【語釈】※墨江ー隅田川。※湄ーほとり。畫樓ー美しい楼閣。七艸集評詩(二)香月楼あたりと思う。※銀釭ー銀のさら。ここでは燈火の油皿。※素月匿秋ー面白い表現だが説明が出来ない。素月は白い月の光。または秋の月。※料得ーおしはかる。想像する。※洛陽ー中国の古都。転じて都。ここでは東京。一般には京都を洛陽と言っている。洛中とか洛北とか。芭蕉は東京を長安とうたっている。
◇七言律詩 上平声四支の韻(湄・枝・遲・隨・詞)
【通釈】私の魂は君たちのいる、隅田のほとりの柳のある美しい楼に飛んでいるのだ。酒を飲んでも淋しくて早く醒めてしまうし作詩もはかどらない。旅の枕辺の燈火に蛾が集まる。白い月の光何か雨の気配を感じる。おそらく、東京の友達は私を思って断腸の詞を錦箋に認めているのであろう。
【補説】漱石の房総の旅も終わろうとして、頻りに東京を思っている。東京の友人達の下へ帰りたいのであろう。
この詩の 素月匿秋 なにか不思議な表現だとおもう。ただ訳せば、白い月の光は秋とも思えない。また知雨隨も押韻のための持って回った言い方。欠妥と言ってしまえばそうかも知れませんが、実作していると誰もが経験いたします。
つづく
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